キレると恐い恩師☆30年越しの進路指導

子育て☆教育法
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4月からの仕事は、私にとっては一度諦めた夢でしたが、
もう一度チャレンジしてみようという気持ちと、
現実的な給与の面から、とても悩んでいるものでした。

私のこれまでの経歴を活かして職を探すと、
やはり25年間も塾を経営してきただけあり、
それなりの給料の職には就けそうですが、

同じ塾をやるのであれば、自分の塾を再開した方がマシです。

私の塾の収入が低いのは、情に流されやすいことが原因であって、ビジネスだ!という自覚を持ってやれば、ハローワークに出ている塾長候補や、室長の給料くらいは何とかなるレベルです。

しかし、一度諦めた夢を叶えられる道があることを知り、
また、恩師はそれを応援してくれます。(精神面で(^◇^;)

若い頃というのは、情熱や、やりたい!という気持ちだけで、
様々なことにチャレンジ出来るものです。

私の場合には、実家に戻れるわけでも無く、ひたすら生活のために、ギリギリの塾の収入で、
やりたいことにチャレンジするどころか、今月の支払いに追われながら、
生徒達と向き合うのにも必死で、気がつくと、描いていた未来とはだいぶ違っていたのでした。

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自分の人生を一度立ち止まって考えるためにも、塾を一旦閉じて、愛知県に働きに行ったのは、
本当に良い切っ掛けになったと思います。

そして4月から塾を再開するための準備をしながらも、
「このまま塾を再開して、今までと変わらない生活に戻って、
残りの人生を過ごしていって、本当に良いのだろうか・・・」

そう考えながら、

「オレって、若い頃、どんなことをやりたいとか、どんな職業に就きたいとか、
どんな人生を思い描いていたんだろう・・・」

そう考えると、昨年の愛知県に行って生活したことも、
ささやかではありますが、
「県外に出て、全く違う環境で生活したい」という夢は叶えることが出来たのでした。
(本当は、県外の大学に進んで4年間はみっちり学生寮生活をしたかった・・・若いときに)

海外にも、ぶらりと当てもなく、半年くらいバックパッカーをしてみたいな・・・とかあったな・・・

パニック障害も、期間工を半年以上乗り切ったことで、十分にコントロール出来るようになったと思っているので、残りの人生やり残しがないように、

若い頃に思い描いていた、ささやかな夢に、一つ一つチャレンジしていっても良いのかな・・・

そういう気持ちが強くなって来てはいます。

しかし、気持ちだけでは行動出来ないのも、また若い頃との違いで、
親のことなど、色々と抱えるものが多くなって、
自分の気持ち1つでは行動出来ないものでもあります。

その優柔不断な煮え切らない気持ちのまま、もう一度恩師と直接話をしたいと思って、
電話をかけると・・・
「今、まだ学校にいるから、中学校に来なさい!」
と呼ばれました。



私は、この恩師にとって、教え子として第一期生で、初めて臨時採用で教師になったとき、
中3で受け持った学年です。
かつて、とても恐かった先生ですが、もう50を過ぎ、かつての面影が薄れるほど温厚で、
優しい雰囲気になっていたのですが、
久々に中学校時代のような恐い先生の姿にビビりました・・・

やはり、中学校の頃、とてもお世話になった先生には頭が上がらないです(゚Д゚)

その後、私が迷う部分もやはり10代、20代では無く、それなりの年齢になって、
夢だからと、好きな仕事のために収入面で大きく落とせない事情も分かった上で、
近くの食堂に連れて行ってくれ、夕食をご馳走してくれました。

恩師に食堂でおごって貰うのは、高校時代、学校をやめようと思っていた頃、
授業中に外に連れ出されて、話を聞いて貰ったとき以来です。(高校時代の恩師)

私は、将来、こういう教師になりたいという気持ちで大学に進む道を選んだのでした。

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